● 歌イビトの記。

 
 
無伴奏・独唱の【歌イビト語ル】こと、タッシー田代が記す、徒然。

※スマホ版は大変見づらいようです。最下部リンク[PC版に切り替え]からご覧下さい。
<< October 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
# 映画(9月)


一本の映画に触れるだけで、自分の感性が高まるのを感じる。


映画の息吹を感じると、自分の想像神経が研ぎ澄まされる。


だから映画に接していない時期は、とても鈍っているのがわかる。




------------------------





◆『セブンス・コンチネント』  1989年  オーストリア





ミヒャエル・ハネケは、

なぜこの映画を生み出さねばならなかったのだろう。





『71フラグメンツ』、『ピアニスト』、『隠された記憶』、

そして『愛、アムール』といったハネケ作品を過去に拝見してきたが、

ある程度は陰鬱な気分になることはわかっていても、

どういうわけか数ヶ月周期で立ち寄りたくなる世界。



本作はハネケ初の長編作品らしいが、

しかしなぜ、こういう作品を生み出そうと思い立ったのだろう。






さほど変哲のない中流な家族が、

「どうして」「その道」を「選んだ」のか。



劇中ではその背景や理由が具体的に掘り下げられないまま、

その家族は「決断する」ことになり、ついに「実行」した。


観ている側は、何もわからない。


そして「実行」に至る過程で、

物凄い音と共に、あらゆる物が破壊される。

が、

その間、破壊し続ける人の顔(首から上)は見えず、

まったく表情が伺えない。


これこそ恐怖だと思えた。





淡々と時間が過ぎてゆく日常の中に、

人間の、想像を絶する精神恐怖が潜んでいる。



何度か見直せば、見えてこなかったその「理由」は浮かび上がるのだろうか?

(『隠された記憶』がそうだったように)







◆『病院坂の首縊りの家』  1979年  日本





そんなにハマることもないだろう、と思いつつも、気がついたらハマり続けている。

横溝正史の金田一耕助シリーズ、そしてその市川崑が監督した作品。






いわゆる「金田一耕助最後の事件」として描かれる物語。

常連キャストの立ち回りもさることながら、

一人二役の桜田淳子や、金田一の“相棒”のような草刈正雄らの怪演もよかった。

さらには大滝秀治、常田富士男、小沢栄太郎、小林昭二・・・

もうなんと言うか、名優の皆さん有り難う御座居ますという感じだ(笑)






あの湿り気(室内の湿気、陰影の湿気、アングルの湿気、音楽の湿気)。

あのギシギシ感(床板のギシギシ、扉のギシギシ、人間関係のギシギシ)。

そしてあの、殺伐さ(恨みのはかなさ、愛憎のわびしさ、孤独の限りなさ)。


これらは、この市川崑の作品群でしか味わえない。





さぁ、横溝+市川+石坂での未見は『女王蜂』のみとなった。

あ、セルフリメイクの『犬神家』もあったか・・・(どうしようかなぁ)

そういえば他の市川崑作品については未見ものばかり。

『東京オリンピック』や『野火』などは手元にあるので、

後日あらためて拝見してみようかと思う。


ちなみにまったくの無関係だが、

横溝正史は、近鉄バファローズの大ファンだった(まさに無関係なハナシw)







◆『キャデラック・レコード 〜音楽でアメリカを変えた人々の物語』
  2008年 アメリカ





ようやく拝見することができた。


ブルース史上、いや黒人音楽史上、いやポピュラー音楽史上、

非常に大きな功績を残したレコードレーベル「チェス・レーベル」の物語。





マディが似ていない、エタ・ジェイムズが美人すぎる(ビヨンセだもの)、

逆にハウリン・ウルフとチャック・ベリーはまぁまぁ似ていた、

出来事と時代の配列もチグハグ、ボー・ディドリーに一切触れてない、

ウィリー・ディクソンからの「フーチークーチーの伝授」が違う、

ってゆうかそもそも、

チェス社長とエタの不倫シーンは映画用に作ったエピソード、等々、

いろんなところで指摘されている苦言には自分もほぼ同意(笑)

だけど苦言も野暮だし、そんな目で鑑賞ばかりしていても時間が勿体ない。

なので、およそ20年ぶりに2冊の書籍を棚から引っ張り出して、

映画に寄り添う感じで、自分なりに楽しんでみた。





『ディープ・ブルース』と、晶文社の『ブルース』。

どちらも手垢まみれで真っ黒になるほど読み倒した本。

(蒸し返すけどやっぱりマディは似てないよなwww)


前者の書籍は、民謡研究家アラン・ロマックスが南部でマディを探し当て、

民族の音楽資料として野外録音を行なったくだりが書かれている。

これは映画の冒頭で描かれているシーンで、そもそも「運命のいたずら」的な、

まさにブルース史上に残る、“地味な一大事(笑)”だった。


というのも、映画では触れられていないが、

<当初、アラン・ロマックスが採取したかったのはロバート・ジョンソンだった。>

<しかしロバジョンは毒入りウィスキーで殺されたあとだった。>

かのビッグ・ビル・ブルーンジーもロバジョンが他界したことで都市のイベントに

招かれたブルースマンだったが、マディが世に出るきっかけも、ロバジョンの死だった。

(そう考えると、死しても亡霊ロバジョンの魔力たるや、驚異的だ)





一方の、ベッシー・スミスが表紙の書籍『ブルース』は、

最後のあたりがチャック・ベリーの出現/大旋風についての章になっている。

彼の登場で、ブルースは活気のある、華々しい芸能の一部となったが、

そこには何か、重要なスピリットが失われてしまった感も拭えない。

映画を観ながら、私は即座にこの書籍を思い起こした。





物語は、エルヴィスの登場や英国ブルースリヴァイヴァルのあたりまで、

ほぼチェス・レーベルの衰退と沿うようにまとめられている。

要するに、チェスでの日々を生きた人々の、青春のドラマである。



とにもかくにもブルースという黒い大樹は、あまりに長く険しい樹齢を刻み、

多くの、数えきれないほどの枝葉を伸ばし続ける文化の巨木。


そのほんの取っ掛かりを知るという意味では、それなりに楽しめる映画だとは思う。


これをきっかけに、若い女の子達がマディやエタやウルフのCDをタワレコで買い、

やがては、映画で触れられなかったエルモア、TヴォーンなどをAmazonで注文し、

そしていつしか、サン・ハウスやチャーリー・パットンのCDを海外から取り寄せる・・・

そんなブルース女子「ぶるじょ」が街中にたくさん増えたらなぁ、と思うw

(そうなったら奇跡的にモテるかも知れないヨ!www)








------------------------






| - | - | 22:43 | category: Movie |
# 映画(8月下旬)

 


セボネも治り、 ヒザも良くなり、 杖をつかずとも大丈夫になり、

やっとポータブルDVDプレーヤーを持ち歩ける日々が、戻ってきた。



およそ5ヶ月。            ・・・・長かった。
 

 



映画を浴びていないと、どうも感性が貧相になるものだから、

拝見できる時には、とにかく気がふれたように鑑賞する。





------------------------



◆ 『 崖 』  1955年   イタリア
 

 

 


善行と悪行の狭間で、人はうろたえる。


偽善者だろうが、卑怯者だろうが、詐欺師だろうが、

「正しいこと」と、「正しくないこと」の分別は、踏まえている。

善人でも悪人でも、心の中では、「正義が何か」を、わかっている。


そしてまた、どんな「行ない」も、すべてはいずれ、

何かしらの、ふさわしい形で、必ず己に返ってくる。



 

 

このブログを読んでいるあなたは、

これまで、何人の天使に出会えましたか?


私は、・・・・・ これまでの人生で、

おそらく10人ほどの天使に出会えてきたと思う。


そのうち5〜6人は、今も、私の周辺で微笑んでいる。

あの人と、あの人と、あの人と、あの人・・・

そしてあの人や、あの人も。


天使に出会えると、心は「正しい道」を見つけ、歩み始めることが出来る。

私のような、やましい人間を、その天使たちは、然るべき道に導いてくれる。





詐欺師/画家くずれのピカソは、

1人の天使がそばにいたおかげで、かろうじて、道の途中で持ち直した。


詐欺師/浅はかなチンピラのロベルトは、

ついに天使に出会えることがなく、みっともない旅路を続けるだけ。


詐欺師/そして肝心のアウグストは、

2人の、奇跡的な天使に会えたのだが、悲しくも、時すでに遅かった。


 

 

私が愛してやまない映画『道』の次に、フェリーニが作った映画。

ニーノ・ロータの音楽がまたも素晴らしい。


夜の広場で回る、安っぽいメリーゴーラウンド。

新年の早朝に、石畳の路地の向こうから歩いてくる2人の旅芸人。

私の心を魅了する、こうした、様々なカットの数々。

 


 

 




◆『 サンダカン八番娼館 〜 望郷 』  1974年  日本
 

 


 

 

田中絹代が、なんとも見事な、心に焼き付く名演をみせている。


かつて「からゆきさん」と称され、遠くボルネオに売り飛ばされた女。

サンダカンの八番娼館で、現地の男どもに、毎夜ぼろぼろにされた女。

日本の軍艦が入港した際には、一晩で30人もの兵隊の相手をさせられた女。
 

 


 

 

そして、

身も心もずたずたになって日本に帰ってはきたが、

祖国の恥部と揶揄され、差別され、肉親からも見放され、

汚く貧しく、寒村奥地のボロ家でじっと余生を送る日々。
 

 


 

 

栗原小巻の扮する女性史学者の取材に、ついに心を開き、

その壮絶な過去が回想となって、映画をかき混ぜてゆく。

むごい仕打ち、ひどい世の中。


だが、その根底にある、おサキさんの人間性が、胸を打つ。

女優・田中絹代の人生が、おサキさんの表情から炙り出されてくる。



 

 

監督は熊井啓。音楽は伊福部昭。原作はノンフィクション作家、

山崎朋子の『サンダカン八番娼館-底辺女性史序章』。

おサキさんの娼婦時代を熱演した若き高橋洋子も素晴らしい。
 


そして田中絹代は、

この老婆役でベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞。

大女優・田中絹代の、最後の映画出演作品となった。
 

 


 

 

 

 


◆『 デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー 』

  2007年  アメリカ
 



続編の公開が2017年11月に決定し、

コンセプトアートも公開された『ブレードランナー』。

http://www.cinra.net/news/20160729-bladerunner



SF映画の金字塔。

アメリカ国立フィルム登録簿への永久保存登録作品。

自分のブログでも、かつてレビューさせて頂いたことがあった。

http://tassee.jugem.jp/?day=20100309





最初の公開は1982年。

当初はまったくヒットしなかった(あの『E.T.』と公開がカブった)。

それはともかく、あと2年ほどで、

この映画が設定した時代「2019年」がやってくる。





“デンジャラス・デイズ” というのは、

『ブレードランナー』の原案草稿当時の、最初の題名だった。


資金がない。

時間もない。

スタッフとの対立が生じ、

監督(リドリー・スコット)が孤立する。

しかしその中で、この、類なき奇抜な名作は生まれたのだった。


とりわけ、

リドリー・スコットの、細部にわたるこだわり方の、尋常のなさ。



 

 

時代を先取りしすぎたのか、

試写の段階では難解なシーンも多かったという。

映画そのものに多くのヴァージョンが存在するので、

あまり踏み込んだことは知らないが、このメイキングを観ると、

監督の脳内には映画の何百倍ものアイデアとイメージが、

それこそ宇宙的に広がっていたのだということが分かってくる。

またその“宇宙”は、現実的な物事の思考を持つ制作側には、

なかなか伝わっていかないものだということも、見て取れる。
 

 


 

 

もう一度、「ファイナル・カット版」に酔いしれたくなった。

そして、35年の歳月を経て作られる続編を、心待ちにしようと思う。









ん、・・・「35年の歳月を経て」って、

こないだ劇場で観たゴーストバスターズと同じスパンじゃないか(笑)







------------------------





 

 

| - | - | 12:28 | category: Movie |
# ゴジラ上陸(後編)

 

 


(前編からの続き)

 

 



▼ゴジラの脅威が教えてくれること
 


『シン・ゴジラ』は7月の下旬に公開され、

早くもクチコミでの高評価が一気に飛び交い、8月に入った。


そして奇しくも、映画の評判が加熱するタイミングが、71年前の、

広島・長崎の原爆投下の時期に、偶然なのか、重なった。


ご存知の通り、

大怪獣ゴジラの体内に内包されているのは、「放射能」だ。


原爆や、原発や、核ミサイルが、

そのまま巨大になって歩き回り、街を破壊しまくっているようなもの。



本当に、考えただけでも恐ろしい。



だから、このたびの『シン・ゴジラ』の盛況は、

原子爆弾および核兵器の脅威について、

皆が色々と考えを巡らせるためのいい機会なのでは、と思っている。


映画を観た多くの方々が「凄い怪獣映画を観たよーん」だけでなく、

遠からず共通した、過去の出来事にも目を向けてくれたら、と思う。




<第五福竜丸>


第1作目のゴジラは、

「水爆実験の衝撃により長い眠りから覚めて、

ビキニ環礁の海底から姿を現した太古の怪獣」・・・という設定。


実は、

第1作目ゴジラが制作される約半年前、その太平洋のビキニ環礁で、

実際に、アメリカによる水爆実験が行われていた。


当時(水爆実験の当日)、

たまたま周辺海域を操業していた日本(静岡県)のマグロ漁船

「第五福竜丸」が、その水爆実験で発生した「死の灰」を浴び、

乗っていた23名全員が被爆するという事件が起きた。


そして、

帰港後に乗組員の一人が放射能汚染で亡くなる事態に及んだ。


要するに、第1作目ゴジラは、

この第五福竜丸事件を発端/背景にして制作されており、

いわば反核映画としての側面も持っている。


大怪獣ゴジラは、

「世界唯一の被爆国を襲う、核の落とし子」であり、

「人類が生み出した恐怖の象徴」として描かれた、というわけだ。



私がこのことをブログに書くのは、2008年以来、

8年ぶりのことだ。本当は毎年、書きたい話題ではある。


  ⇒ 2008.08.30 「その魂は夜空のいずこへ。」(旧ブログ)
    
http://tassee.jugem.jp/?day=20080830



当時の上記コラムをお読みになった方はご承知だと思うが、
(もちろん呼んでない方でもご存知の方はいるだろうが)

『第五福竜丸』という船は、今も現存していて、

新木場・夢の島に、永久保存されている。


   


前述のコラムには、実際に展示場に出向いた時のことを書いているが、

ぜひ、『シン・ゴジラ』に感銘を受けた方は、足を運び、

何かを感じて、何かを考えて、何かを想像して頂きたい。


なぜなら「ゴジラ」と「原水爆被害」とは、

切り離すことの出来ない、地続きの関係なのだから。




<新藤兼人の反核映画>


「日本を巻き込んだ第三の原子力災害」=第五福竜丸事件は、

その同年に映画『ゴジラ』を誕生させる発端となり、

そしてさらに5年後に、『第五福竜丸』というタイトルで、

新藤兼人の監督により、映画になっている。


   


『第五福竜丸』で、被爆した後に39歳で死亡した乗組員、

久保山愛吉さんを演じたのは、宇野重吉(寺尾聰の父)。


宇野重吉は、新藤兼人の監督作品によく出演していた俳優だが、

『第五福竜丸』よりも前に作られた新藤作品、

『原爆の子』にも出ていた(主演は乙羽信子)。


  
  


『原爆の子』は、1952年(ゴジラよりも2年前)の作品で、

“戦後初めて原爆を直接取り上げた映画”として知られている。

世界においても反核映画の第一号とされていて、

軍の検閲や没収を免れた、まさに奇跡的な映画。



広島出身/戦争体験者でもあった新藤兼人が、

想念と信念を込め、作り上げた、もの凄い一本だ。



やはり『第五福竜丸』と『原爆の子』といった新藤作品も、

この夏『シン・ゴジラ』を鑑賞した方々に、観て頂けたらなぁと思う。




<「新藤兼人が遺したもの」と「青い空は」>


ここからは私的な余談にもなってしまうが、

つい数週間前、恥ずかしながら誕生日を迎えたという私に、

心を許せる友人のザンパノさんが、なんと、

新藤兼人に関連した書籍をプレゼントしてくださった。


  


日本のインディペンデント映画の先駆者。

師事していた名監督・溝口健二の背中を常に追いかけつつ、

享年100歳で亡くなられるまで、生涯、映画にこだわり続けた男。



戦争と、出兵と、広島と、映画。

怒りと、悲しみと、苦悶と、映画。



ここ数日間は、時間さえあればこの書籍に夢中になっていて、

電車の中で読んでは涙し、寝る前に読んでは感動に浸っている。


ザンパノさん、いい本を贈ってくださって、本当に有り難う御座居ました。



ゴジラ映画の新作に震え、新藤兼人の本に震え、

今年の私の夏は、これまで以上に、

原爆・核兵器に考えを巡らせる夏となっている。



去る7月9日のこと、

私は、「ピース・フェスティバル」という平和祈念イベントに出演し、

そこで、『青い空は』という曲を歌う機会があった。


知らない歌だったが、

イベントのラストに出演者全員でシングアウトする、というもので、

事前の合同リハーサルが本番直前に行われ、すぐに覚えることができた。


その『青い空は』という曲は、

1971年の「原水爆禁止世界大会」の開催に際し、原水爆禁止の歌を公募し、

第1位に入選した歌、だそうだ。


    青い空は 青いままで

    子どもらに伝えたい

    燃える八月の朝

    影まで燃え尽きた

    父の、母の、兄弟たちの

    命の重みを 肩に背負って

    胸に抱いて



私はこれを覚えて帰って、先日、

自分のラジオ番組で、無伴奏の生歌をした。


 ⇒音源掲載ページ
  
http://tassee-radio.jugem.jp/?day=20160805




放送の翌日は8/6、広島の原爆の日でもあり、

これをこの時に歌うことこそが、

今の私の出来る「平和への音楽活動」だ、と思った。



この日、番組を手伝ってくれた花岡里奈は、

小学生の頃に『青い空は』を習って、歌ったことがあるという。

大人になった今、突然に私が放送で歌い始めたものだから、

様々な想いがこみ上げて来たという。



庵野秀明が、先人の志を継ぎ、恩返しをしたように、

新藤兼人が、戦没者の魂に畏敬の念を抱き続けたように、

私も、音楽への恩返しの一環として、平和を祈念し、訴え続けたい。




今年も、もうすぐ、終戦記念日が近づいてきている。






------------------------






 

 

| - | - | 23:47 | category: Movie |
# ゴジラ上陸(前編)

 


▼ ゴジラ



巨大な巨大な怪物が、


放射能の閃光を吐きながら、


こっちに来る。




原水爆の開発実験の過程で誕生した、


人類に対する制裁の権化が、


突如として、この日常に、姿を現した。




二本足で動く、生きている核兵器。


慈悲も情けも無く、全てを破壊しながら、


こっちにやって来る。





その恐怖。





昭和29年(1954年)の『ゴジラ』である。






私なんかが生まれるずっと前に作られた、

白黒の、今から62年も前の、第1作目のゴジラ。


映画として、特撮技術として、

多大な衝撃と影響力と意義を持った作品。


初めてビデオで拝見した時の驚愕は忘がたい。

怪獣映画というよりは、恐怖映画にも近い、

とてつもない戦慄を覚えたものだ。






以降も多くのゴジラシリーズが作られたが、

時代と共に娯楽性が前面に出て、

私がリアルタイムでゴジラ映画を体験する頃には、

良くも悪くも、子供向け化が急速に進んでいた。

やがて幾度かのコンセプト見直しがあり、

ハリウッド版などの紆余曲折を経て、近年に至る。



ひとこと“紆余曲折”とは言っても、その年数にして60年以上。

娯楽映画の遍歴としては、非常に稀な例なのではないかと思う。



どの作品にも善し悪しあるが、

ただやはり、個人的な想いとしては、全ての要素において、

第1作目を超えるゴジラ映画はない。

その確信は今後もずっと変わることがないだろう。




▼ シン・ゴジラ


前述に断言した通り、

「第1作目を超えるゴジラ映画はない」のだが、

しかし遂に、それに「肉薄する作品」が、登場した。



庵野秀明の脚本・総監督による、

現在公開中の『シン・ゴジラ』だ。






公開日の翌日に、いても立ってもいられずに拝見。


劇中、

自分の身体の武者震いを感じたほど、

過去に例のない、非常に見応えのあるゴジラ映画だった。



ずっとずっと、

何年も何年も待ち焦がれた、

「第1作目に限りなく近いゴジラ」を、

遂に「新作」として、

劇場で観ることができたのだ。



自分が生きている今の時代に、

まさに今の時代を背景とした、

「第1作目ゴジラ」の、現代版。



この願望を、

いったい何年の間、

我が胸に抱き続けたことか・・・。



私はエヴァンゲリオンを一作も見たことがなく、

そちらに関しては何の知識も持ち合わせていないし、

庵野氏がどういった遍歴で今日に至っているのもよく知らない。

が、庵野氏監修による4年前の「特撮博物館」には出向いていて、

当時の私はかなりの驚きと感動を覚えた。


「特撮博物館」の密度と徹底さとこだわりの深度は尋常ではなく、

当時は連日の満員御礼、入場まで数時間待ちという盛況を呼んだが、

何と言っても私が感銘を受けたのが、過去の東宝特撮作品をはじめ、

ウルトラQや初代ウルトラマン/セブンなどを作り上げた、

その先人へのこの上ない敬意が、展示品の隅々に滲み出ている点だった。


それだけに、この『シン・ゴジラ』については当初から期待していた。


特撮も脚本も役者も、すべて濃厚で、期待を損なわない映画だった。
(石原さとみについては別途後述w)



ラストシーンの直後に突如流れてきた曲にも、心が打ち震えた。

そこいらの流行歌手が書き下ろした陳腐なイメージソングなどでなく、

あえて第1作目の、名高き伊福部テーマが使われたのだ。

あの楽曲の、とてつもないサウンドを、最高音質・大音量で流し、

堂々と「今の時代の観客たち」にむけて、滝のように浴びせたのである。



・・・映画のパンフレットの表紙をめくると、

庵野氏の言葉で『シン・ゴジラ』を引き受けた経緯が書かれてある。


   過去の継続等だけでなく

   空想科学映像再生への祈り、

   特撮博物館に込めた願い・思想を具現化してこそ、

   先達の制作者や過去作品への恩返し であり、

   その意思と責任の完結である、という想いに至り、

   引き受けることにしました。



・・・第1作、および過去の良質な要素に敬意を払うと共に、

近年の大衆拝金映画の慣例を払拭し、

『シン・ゴジラ』という映画は、

「先達への恩返し」を果たしたのだった。




・・・と、まぁここまで前編としては、

映画『ゴジラ』と『シン・ゴジラ』についての話に終始したが、

後編は、非常に関連性の深い原爆、放射能、核兵器などについて、

ゴジラを引き合いにしつつ、書き進めたいと思う。


                         <以下次回>



▼(余談)石原さとみ

『シン・ゴジラ』では、
大好きな石原さとみが、大好きな石原さとみのまま、
けっこうチンプンカンプンな役を演じているのだけれど、
どうもそれに限ってだけは全力で許せてしまって、
ゴジラ映画の鑑賞中なのにも関わらず、なぜかふと、
「大好きな石原さとみが今、スクリーンに出てるんだ」
という状況に、単に酔いしれている自分がいたwww
とにかく彼女だけが「劇中の登場人物」という感じではなく、
終始もろに「石原さとみ」その人だったところが、なんかウケた。
逆に彼女の存在が、映画を独特の味わいにしている気さえする。
だって好きなんだからしょうがないじゃないか(笑)



------------------------






 

 

| - | - | 22:35 | category: Movie |
# 映画(4月中旬)


◆『フランシスコの2人の息子』 2005年 ブラジル


夢を追いかける=イカれてないと無理。

ああ確かに、そうかも知れない(笑)



とても素晴らしい映画だ。

音楽を内包した映画に心震えたのは、久しぶりのような気がしてならない。

ブラジルで有名なデュオグループ「ゼゼ・ヂ・カマルゴ&ルシアーノ」の、幼少期からの成長、そして成功をつかむまでの日々が描かれているが、そこいらのサクセスストーリー系の内容ではなく、彼らの父親=フランシスコの目線で物語が展開してゆき、そのドラマを追う私の胸を強く打った。



幼い兄弟が困窮する家族のため、街の大人たちを前にして歌い、投げ銭を稼ぐ。そして始まる、波乱万丈の日々。それを父親側の物語として組み立てているところに好感がもてる。

ブラジル映画史上の興行記録を次々と塗り替え、大ヒットした映画だというのも実に頷ける。



◆『ルシアンの青春』 1974年 フランス



哀れなルシアン・ラコンブ。

17歳の青年が埋没してしまった、第二次大戦下の、憂鬱な不幸・・・。

どこにでもいそうな生意気な若者が、一夜にしてゲシュタポの末端に加わり、混沌とした戦時下のチンピラの如く立ち振る舞う。

彼の言動になんら共感はできないが、それはしかし、一概に彼のせいではない。時代が、戦争が、国が、そして人間同士の卑怯な諍いが、彼をそうさせてしまい、悲しくも彼はそれに乗ってしまったのだ。

そう、あの自転車さえ、パンクしなければ・・・。



大好きな『死刑台のエレベーター』の監督ルイ・マルの作品で、しかも挿入曲が全てジャンゴ・ラインハルトというわけだから、おのずと期待が高まり過ぎるわけだが、悔しいかな大戦終結前のフランスやドイツの情勢に疎いため、物語の流れの背景とその重要性に、いまひとつ思考が及べなかった。もう少し勉強しないとなぁ。



−−−−−−−−−−−−−−−−


 
| - | - | 20:51 | category: Movie |
# 映画(4月上旬)
※当ブログはスマホ版だと大変見づらいようです。最下部リンク[PC版に切り替え]からですと格段に見やすいかと思います。





安静の日々、

さすがに寝たきりだと、悶々と考え事をはじめたり、

不用意なネットサーフィンをしてしまったりして、

そうなると絶対にネガティブ思考の連鎖に至る。



そんな毎日だから、余計に映画に触れたくなる。




◆ 『 白痴 』  1951年  日本



黒澤は並々ならぬ想念を持って、本作を【4時間25分】もの巨編にした。
しかし制作の松竹にズタズタにされ、2時間46分の作品として公開された。
黒澤は、『どうしてもカットしたいのならフィルムを縦に切ればいい』と憤慨した。
芸術を世に送る立場の人間が、その作り手の思想を踏みにじってまで利潤を得ようとした映画。



これまで拝見してきた黒澤作品の中で最も「舞台劇」を観ている感覚になった。原節子の凶狂たる表情や、森雅之の人間離れした純粋さは、他の映画では見たことがない凄まじさだった。そして目を奪う、まるで異国のような、昭和20年代の札幌の風景。
これが自分にとって「最初に観た黒澤作品」だったら、だいぶ異なる向き合い方になっていたかも知れない。この作品の翌年、黒澤は『生きる』を作る。



◆ 『 殺人魚フライングキラー 』  1981年  アメリカ



『タイタニック』や『アバター』といった超ヒット作で知られるジェームズ・キャメロンの、これが監督デビュー作品で、これでもかというほどのB級ホラー。ピラニアが空中を飛んできて人間に噛み付く。



配役も設定も展開もすべてB級ホラーとしてバッチリなので、たとえキャメロンの黒歴史だったとしても、個人的には大ウケした。だってピラニアが飛んでくるんだもの。
ちなみに私は『タイタニック』も『アバター』も拝見したことがない。というか、超絶に暇にならない限り、今はそれらを特に観るつもりがない。『ターミネーター』の1作目は好きだ。



◆ 『 麦秋(むぎのあき) 』  1934年  アメリカ



キング・ヴィダー監督が、自らの私財を投げ打ってまで作った映画。
アメリカの大恐慌時代、ある若い夫婦が都会の生活を捨て、新天地の農場をサラ地から耕し、仲間を集め、共同体として苦楽を共にし生きてゆく物語。
小津作品の『麦秋(ばくしゅう)』とは別。



監督の名前に聞き覚えがあると思っていたら、PONYの1stアルバム収録「オールド・シネマ・パラダイス」の中に音声をサンプリングした戦前映画『ハレルヤ』(1929年)の監督だった。
クライマックスはトウモロコシ畑へ用水路を引くシーン。なんと監督は、撮影現場にメトロノームと大太鼓を持ち込み、「ツルハシは1拍目と3拍目/スコップは2拍目に土を突き刺さり4拍目に土を掻き出す」と指示、動作を4分の4拍子で演じさせて、速度をワンカットごとに速くしていく=緊張感を高める演出をしたという。圧巻この上ない感動的なシーンだった。



◆ 『 アルゴ 』  2012年  アメリカ



アカデミー賞の審査の概念がさっぱり分からない。
この映画は1979年のイランで起きた「アメリカ大使館 人質事件」を【題材にした映画】だが、劇中の「映画的に面白いシーン」はすべて後付けの、いわば捏造だという。



確かに「映画としてはかなり面白い」し、よく出来ている。テヘランのバザールに出かけて騒動になる場面にはハラハラしたし、いよいよ国外脱出となる飛行機離陸のシーンは息を呑むほどドキドキした。
ただしそれらは、【映画として面白くさせるため】の大胆な脚色で、しかしそれも含めて大々的に「実話」として銘打ち、あげくアカデミー賞の授与にまで至った。
まぁ、そんな類の作品はこれが最初ではなく、昔から蔓延っている話ではある。歴史上の事実の映画化に際し、ある程度のフィクションが加味されることについても全否定はしない。ただ本作が、興行&賞獲りのために見境なく、まるで節操の度合いを判断できない人らで盛り上がった作品だということは、よく分かった。



 『 キング・オブ・コメディ 』  1982年  アメリカ



コメディアンとして有名になりたくて仕方のないルパート・パプキンは34歳とのことだが、いっぱしの歌うたいになりたい私は、彼より15ほどさらに歳を食っている。ならばいったい私は、果たして彼から何を学べばよいというのだろう。
芸能界で有名になるために妄想を膨らませ続ける彼は、私の目には余りにも痛々しい人物で、同時に自分の心境の溝淵に鬱積した「よごれカス」のようでもあり、直視に耐えない存在だ。



黒澤明が大好きな作品であり、松田優作は本作のデニーロを絶賛した。
私には無理だ、共感できる要素がない。それは、この歳になっても夢夢夢で生きてしまっているせいでもあるし、ルパート・パプキンが私自身かも知れないという恐怖のせいだ。ものすごい映画だが、好きな映画として大切にはできないと思う。



◆ 『 秋刀魚の味 』  1962年  日本



小津安二郎の遺作。人生の秋に味わう旨味と苦さ。
妻に先立たれ、娘に頼り切って暮らしている中年男が、娘の婚期逃しを懸念し嫁に出す・・・というストーリーは、どうも小津作品によくあるパターンらしいが、『東京物語』しか拝見したことのない自分にとっては、これが最初。
降ろさねばならぬ「過去の重荷」を降ろせず、背負うべき「新たな価値観」を背負えない、戦後と高度成長期の狭間にあった、もどかしき昭和の庶民の佇まい。



特徴的な、固定化されたアングル目線と、独特な演出。その徹底さはもはや、ともすれば非常にエキセントリックな手法のようにも思える。
そして音楽が素晴らしい。私の心を幾度となくホロリホロリとさせる旋律。作曲家・斎藤高順の仕事。何よりテーマ曲が実に良いが、あの「軍艦マーチ」がここまで物悲しい世界を内包していたとは、この作曲家でなければ気付けなかったことだ。そして奇遇か、私がこの映画を拝見した日は、その作曲家の命日であった。





-------------------------------------------
無伴奏・独唱【歌イビト語ル】

今年も決定、四年連続の札幌公演!

■6月19日(日)

■札幌 musica hall cafe

http://www.musica-hall-cafe.com/

 開場17:30 開演18:00
 
★特別共演:森 律子★
 
 前売: 2500円(当日のご精算)
 ※小中学生無料
 
【ご予約フォーム】
https://ssl.form-mailer.jp/fms/7601b882285079







 
| - | - | 19:05 | category: Movie |
# 映画(2月中旬〜3月上旬)
※当ブログはスマホ版だと大変見づらいようです。最下部リンク[PC版に切り替え]からですと格段に見やすいかと思います。





怒涛の四日間ワンマンライブも終わり、

ブログや諸々の庶務に取り掛かる日々に入った。



そして再び、映画を拝見しまくる日々がやってきた。



私の感性の源泉、私の人生の手引き。



この数ヶ月間で消費し尽くした、この身体の血中の “なにか” を、

映画を観ることによって満たしてゆく。



-----------------------------------------------



◆ 『 稲 妻 』   1952年   日本





最近よく、

おもむろに 「成瀬が観たいかな」 と思う時がある。



日本映画が好きになったのだなぁと感じると共に、

じっくりと映画を味わいたい時期なんだな、と自覚する。







日々の中に、何度も出くわす、惰性な生き方をする人。


日々の中に、何度も出くわす、感情の疲弊。


日々の中に、何度も出くわす、理想への揺らぎ。






足止めをくらい、しばし立ち尽くす 「心」。


行くべき場所があるのに、なぜか流されてしまう 「心」。



成瀬が映画の中で描く人々は、そういった、

うだつの上がらぬ心を抱く人が多い。







遠くに雨雲が垂れ込め、稲光がまたたいているのを見る。


罵倒し合っていた時間が、少し止まる。


それまで感情的になってしまっていた 「心」 に、

何か別の作用がはたらく。






人と人との、 親と子の、 他愛ない光景。


なんとも人情味ある、 昭和の下町の風情が、

その母娘を見守っていた。










◆ 『 ガンダーラ 』   1988年   フランス





ルネ・ラルー作品の造形はやばい。


斬新で、 強烈で、 思考に焼き付く。






『時の支配者』を拝見したのは何年前だっただろう。





どこか哲学めいた内容と、

それに呼応する、独特なデザイン。


これまで観てきたアニメとは、

肌触りがまったく異質な世界。






観終わってから、

このルネ・ラルーがどんな人なのか、

ちょっとだけ調べてみたが、なんとびっくり、

私が拝見した日は、その人の命日だった。






民族の不思議な生活形態や

遺伝子操作の失敗による奇形人や

あらゆる所に出没する珍生物・・・。


どういう発想なのか、どういう思想なのか。


ああ、次はいよいよ本丸、

『ファンタスティック・プラネット』が観たいなぁ。











◆ 『 フィッシャー・キング 』   1991年   アメリカ





私のせいで、 誰かの人生が台無しになったら、


いったい何をどう償えばよいのだろう。






誠意をもって、とか、

いくらそういう言葉で覆い包んでも、

肝心なのは包み紙の中身。

しかもそれは、延々と行ない続けてゆくもの。





ジャックはバリーに償った。

テリーギリアム流の、ざらついたヒューマン・ファンタジー。


だが、これが彼の償いの終わりではないだろう。





トム・ウェイツがノンクレジットで出演していた。


彼の奥深い台詞のあとの、

駅構内のシーンがとても素晴らしい。


行き交う群集が突然踊り出すワルツ。


それはバリーだけに見える世界。





確かに、その気になれば、

そう見える世界なのかも知れない。











◆ 『 息子のまなざし 』   2003年   ベルギー




これは久々に、 胸にきた。







こういう映画があり、出会えたことに、


私の心は大きく動いた。







劇中の音楽はなく、 台詞も少ない。



人物の表情も、大きな起伏があるわけでもなく、

時には役者の表情さえ隠れて見えないことも多い。

しかしそれでも確かに、ストーリーは流れてゆく。



どこか、 ブレッソンの映画にも通じるような感覚。







初老の、ベルギーの監督、ダルデンヌ兄弟。


『ある子供』はあまり共感できなかった。


ただ、この『息子のまなざし』の視点と想念は、

私の胸中に、非常に強いものを送り付けた。






絶対に許すことのできない人間を、

果たして人は、 許したりできるのか。



いや、許すという行為はもともと、

許さない状況の延長線にあるのであって、

では果たして、許さないことは、

すでに許していることの始まりなのだろうか。







こういう作品が、


自分の敬愛すべき 「映画」 だなと、


あらためて確信した。




もはや今、


すぐに見直したい気持ちが抑えられない。











-----------------------------------------------





 
| - | - | 23:06 | category: Movie |
# 映画 (10月末)



数週間前、自分のラジオ番組内で、

100年前の音楽 ―――― ライト・クインテットの歌う黒人霊歌、

「The Rain Song」(1915/大正4年)のCDを流した。



100年前に吹き込まれた「人々の息吹き」を、

この現代に生きる私たちが耳にできる意義は、とても大きく、

時空を越えたロマンさえ感じることができる。



いやさて、しかしそういえば

「100年前の映画」というと、どんな作品が残されているのだろう。



手元の、まだ見ぬ2000枚ほどの未見DVDの中から探してみて、

今回はこちらの一本を拝見することにした(もちろんいつものように電車内で)。




◆ 『 チート 』  1915年  アメリカ





まだ草創期だった映画産業。

まだ一般的に広まっていなかった映画文化。



このサイレント映画に、

日本人初のハリウッドスターとして知られる、

早川雪洲(はやかわ せっしゅう)が 出演している。





早川雪洲は、映画史上においても、

初の美男子俳優とも言われていて、

この『チート』がその出世作とされている。



雪洲の美男子ぶりは、当時の女性たちに、

「雪洲の映画だからお化粧して行かないと」

とまで言わせたほどだったらしい。


映画館にはもちろん雪洲がいるわけではないが、

そんな気持ちにさせるほど、当時の女性たちを魅了したのだろう。






作品解説的なことは、多くの情報がネット上にあり、

私がとやかく述べるのも野暮というものだが、

なかなかの衝撃的な展開で、

当時としてはかなりの問題作だったのではないかと思われる。






チャップリンの短編第1作目『成功争ひ』はこの前年で、

そう考えると、フィルムの保存状態がよい(デジタル処理済み?)。



世界では、 第一次大戦がすでに始まっていた。

日本では、 芥川龍之介が「羅生門」を書いた。

そういう時代の無声映画である。






まぁ、内容などのことはともかく、

久しぶりに電車移動中にDVDを拝見できたことと、

100年前の映画に触れられた喜びが、まず大きい。





・・・ しかし、 それにしても驚いた。



ちょうど電車が、 私の目的地に到着しようとした頃、

車内で観ていたこの映画は、エンディングのシーンとなり、終わった。




私はそそくさとポータブルDVDをカバンにしまい、 電車を降りた。




そのとき、



私が降りた車両の、 ちょうどその目の前に、







いやはや、びっくりである。


こういう催しを知らずに観ていたわけだから、なおさらだ。



100年の時を隔てた巡り会わせか、 それとも引き合わせか、


はたまた、 雪洲がこの私を呼び寄せたのか ・・・・・。




しばし私は驚愕したまま、


その駅のホームに、 立ち尽くしていた。






--------------------------------------

★歌イビト語ル、初の『1日2回』公演★


■11月7日(土) 【

 埼玉県北葛飾郡杉戸町
 志学会高校 『志音祭2015 〜僕らだって誰かの力になれるはず』

 http://shigakukai.ed.jp/

 入場無料 ・ 埼玉県北葛飾郡杉戸町大字並塚1643
 開会=10:30   入場無料  ★歌イビト語ルの出演は12:20より
 東武動物公園駅(※)より送迎バス= 10:20/11:00
 
 ※バス発着場所が駅から離れていますのでご注意ください
 (詳しくは学校のホームページからご確認ください)


■11月7日(土) 【夕方

 九段下 二松學舍大学 九段キャンパス
 『MARUwDa311 東日本大震災復興支援Live』

 詳細ページ(フライヤーPDF)
 ⇒ http://www.tashirotakashi.com/MARUwDA311Live5.pdf

 開会=13:00 ★歌イビト語ルの出演は15:45より  入場無料





 
| - | - | 22:44 | category: Movie |
# 映画 (6月上旬)




相も変わらず、映画が心のよりどころといった日々。


相も変わらず、そんな感じだから困ったものだ。





今月の上旬は、


どれも 「これほどまでに凄まじい映画だったのか・・・」 と、


はからずも驚愕させられた作品ばかりが続いた。






◆ 『 太陽を盗んだ男 』  1979年  日本





こんなブッ飛んだ映画が、“あの時代の日本”で作られていたとは・・・。

とてつもない内容だとは何となく知ってはいたものの、いやはや、驚いた。

公開された当時、中学生とはいえとっくに私も映画館通いを始めていたが、

あの頃もし本作を劇場で観ていたら、私の人生も今とは異質になっただろう。





中学校の、しがない理科の教師が、自宅でハンドメイドの原子爆弾を作った。


そして、日本政府を脅迫した。


最初の脅迫内容は「巨人戦のナイター中継を試合終了までやれ」という要求。


“世界の核保有国が8か国” なので、自らを 「9番」 と名乗った。





あの頃、押しも押されぬ大スターだった沢田研二が、こうした役柄を好演し、

刑事役の菅原文太(怪演!)を相手どり、とてつもない攻防を繰り広げる。


皇居への突入ロケや、高速道路でのカーチェイス、日中のデパート占拠など、

ほとんど全編がクライマックスであり、何から何まで、とにかく大胆。

「ここまでやれた日本映画があったのか」 という驚きを隠せなかった。





激しいカーチェイスのシーンにメロウなAOR曲を当て込むなど、

井上堯之の担った音楽が、映画全編に渡って素晴らしいのも特徴的。

この独特な音楽の存在が、映画の怪作ぶりを増幅させている。





すでに35年以上も前の作品だが、いま、そしてこの先の日本に提議できる内容。

放射能、被爆、反核といったテーマにとどまらず、

現代を生きる若者の屈折、「戦後」と「昭和」の残骸、世の中の腐敗など、

ありとあらゆる問題提議が、この上ないパワフルさをもって押し寄せてくる。

自分の価値観の再検証もせざるを得ない、非常に強烈な印象を残す映画だ。





◆ 『 ショック集団 』  1963年  アメリカ





これまた、とんでもない映画があったものである。





精神病院で起こった「殺人事件」の真相をあばこうと、

一人の男(新聞記者)が、わざと “精神病患者を装って”  院内にて潜伏取材する。


男は事件の究明のため、そしてその全貌を記事にするため、

周囲の精神病患者たちと付き合いながらの日々を送るが、

その中で、やがて男自身も、精神を病み始めることとなり・・・・





要するに主人公が最終的に狂人化してしまうという、

いわばミイラ取りがミイラになる物語。

だが、その題材もさることながら、朝鮮戦争で捕虜になった帰還兵やら、

原爆製造に関わった科学者やら、KKKの一員という黒人(!)など、

登場人物の設定が、とにもかくにも、危なすぎる。





サミュエル・フラーは、その異端性・過激性が際立って語られる映画監督だ。


私にとっては『東京暗黒街・竹の家』(1955)に続く二作目の拝見。

『〜竹の家』も実にインパクトの強い作品だったが、

今回の『ショック集団』に関しては、もはやその域を超えた異様さだった。


何しろ「患者たち」は、実際は俳優さんの「演技」なのにもかかわらず、

どうにもそうは見えないところが、この映画の最もたる“恐怖”であると思う。


監督の旗振りにより、作り手が一丸となって挑んだ “狂気”。

物語の中の舞台設定だけではなく、

本作に携わった関係者の全員が、いわば『ショック集団』なのかも知れない。










◆ 『 ディア・ハンター 』  1978年  アメリカ





こんなに凄まじい映画だったのか、と、正直なかり驚いた。







ハリウッドのベトナム戦争もの、ということで距離を置いていたが、

思った以上に、多くの示唆と提言が壮重に織り込まれていたのだと知る。


「映画として残る」ことに、とても深い意義を感じた。





序盤 ――――――――


田舎町での、若者たちの日々。


仕事と、酒と、冗談と罵りあい、女たち、ビリヤード、流行歌、そして鹿狩り。


盛大な結婚式の場面も含め、この田舎町のシーンにかなりの時間が費やされる。





しかしその後、 映画は一変し、


ベトナムの戦地 ――― 狂気の現場へと移行した。


まさにそれは、恐ろしき地獄。






それまでの暮らしでは想定もしていなかった恐怖に打ちのめされ、

若き兵士たちは、心の中に、一生拭いきれない「闇」を抱えてしまった。



“序盤” のシーンが長時間、丹念に丹念に作りこまれていたからこそ、

このいきなりの戦地のシークエンスに「急変の驚愕」を感じ、

戦地に出向かざるを得なかった若者たちの「戸惑い」と、リンクする。






ロシア系移民の人々が物語の背景になっていることから、

映画は、愛国心という厄介な心理素材に呑みこまれていない。


だから、アメリカ側の目線というよりは、その若者たちの目線で描かれ、

仲間との日々 → 出兵 → 帰還 を経て生じた「苦悩」が、

むしろそのままアメリカの、国としての暗部を形容しているように思える。



祖先が他国からの移民であったにもかかわらず、

こうして「アメリカの人民」として、戦争に加担せねばならかなった背景。


壮絶な状況で、あえなく死んでしまった仲間の葬儀のあと、

生き残った彼らは、「自分たちが生きている国」と「その未来」にむけて、

切ない望みをわずかに託し、もはや、歌わずにはいられなかった。


God Bless America ――――― アメリカに、主の祝福あれ。










-----------------------------------------------







 
| - | - | 11:21 | category: Movie |
# 映画 (5月中旬)



ようやく再び、映画の世界に浸れる日々がおとずれてくれた。



身のまわりの理不尽さをしりぞけ、

人とのしがらみからも解き放たれ、

見たこともない世界を目にできる時間。

知らなかったことを大いに学べる時間。

かつて感じたことのない、尊いものを得られる時間。




1943年のものから出来るだけ順に拝見し続けている黒澤作品も、

遂に1950年代に差し掛かり、

いよいよ私が観たかった時期の作品群を体験しているんだと実感、

思わず武者震いさえするくらいだ。




◆ 『 醜聞(スキャンダル) 』  1950年  日本




勝手にマスコミがでっち上げた、画家と歌手のロマンス騒動。

みすぼらしい弁護士の情けなさ。

病床の娘の愛おしさ。

そして庶民の、庶民たる侘しさ、世知辛さ。





数ヶ月前に拝見した『野良犬』もそうだったが、

素晴らしいセリフのふしぶしが、心に残る。


加えて、胸が熱くなるのは、

(ご覧いただくのが何よりの場面なので詳しくは書かないが)

「聖しこの夜」が歌われるシーン。





昭和20年代の貧しき民家をここまでメルヘン仕立てにできるのは、

やはり黒澤監督以外にいないだろう。


また、大衆酒場で酔客たちに “斉唱” される「蛍の光」も、

しがない民の嘆き節に聴こえてくる。

この酒場のシーンのアングル展開もまた素晴らしくて、

まるで雲の上から人の世を一望しているようなシーンだった。





ストーリーの土台こそ法廷ものとしてあるにはあるが、

作品の根底は、「人間の深いところから生まれる “お星様” 」だ。


ほかの黒澤作品からすると演出がロマンティックな気もするが

(監督自身もそう言っていたらしいが)、それはそれでいいし、

例の「山の絵」がどんなものだったか気になりつつも、

大げさな終幕ではないところなど、映画としての佇まいもいい。

私にとっての大切な作品にまたひとつ、出会えたという想いだ。



それにしても、

いわゆる「低俗なマスコミ」の蛆虫っぷりは、今も昔も変わらない。








◆ 『 人生は、時々晴れ 』  2002年  イギリス





マイク・リーの監督作品。

私はかつて『秘密と嘘』を拝見し、かなり驚嘆と感動を覚えた。


とにかく、マイク・リー作品の特徴/制作手法は、なにしろ凄い。


 ・脚本は使わない

 ・監督と役者が個別のやり取りを一定期間おこない、キャラ作りをしてゆく

 ・共演者どうしを事前に会わせない、会う機会があっても作品の話題をさせない

 ・自分以外の誰が何の役をやるのか、事前に共有されない

 ・その日の撮影がどのシーンか、役者には直前まで知らされない

 ・役者は監督から事前に与えられた“人物像”をもって、即興演技で撮影に挑む





「人生とは孤独感と、一人ではないという感覚が複雑に絡み合ったもの」

これは監督の言葉だそうだが、これがこの映画すべてを物語っている。


“家族” という共同体の中にいながら、うだつのあがらぬ日々、鬱積する不満。

かといって何かテコ入れできるわけでもなく、ただ見過ごしながらの、惰性の継続。





誰かが悪いわけではないのに、誰かを責めはじめたら止まらなくなる。

自分だけが悪いわけではないのに、自分がとても悪いということも自覚している。

困窮し、殺伐とした、堕落した雰囲気の家庭ではあるものの、だからといって、

人間どうしの関係に効く “打ち出の小槌” や “魔法の杖” は存在しない。

そんな日々の中、事件は起こるのだった・・・・。





主人公の言う台詞に「一瞬先は闇だ」という言葉があるが、確かにそうだし、

しかしだからこそ、「一瞬先はまぶしいかも知れない」ということも同時にいえる。

原題は「All or Nothing」で、そのままのほうが良かったか?とも思えたが、

いつも曇りか雨ばかりのような人生における、つかの間の晴れ空という意味で、

もしかしたらよくできた邦題なのかな、とも感じた。



起こる出来事は、起こるべくして起こるわけだが、

「その先を選択するのは自分だ」と、この映画は教えてくれている。


尻切れなシークエンスも散見されるが、それもまぁよしとして、

大団円にならない(むしろ逆?な)ところが、とても人生っぽくて、いい。






〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜

<閑話休題>

この数ヶ月、自分の公演と公演の狭間に、二〜三本の作品を拝見してはいたのだが、
なかなかレビューまで書ける余裕がなかった。


◆『サルバドールの朝』(2006年・スペイン)は、フランコ独裁政権末期に実在したという反政府主義の青年に関する作品だが、銀行強盗や警官殺し、運動に無関係な恋人までをも巻き添えにして政権に抵抗した思想の「背景」が、まったく伝わってこず、どうも釈然としない。
受け手側への問題提議さえ必要な内容にも関わらず、PVのような映像演出にも甚だ疑問。
刑の執行に至るまでの後半は、数ヶ月前に拝見した『私は死にたくない』と同様に冗長で、どんな方法で処されるのか、どれだけ残虐なのか、果たして間一髪で恩赦はあるのか、など、死刑を扱う映画として非常に浅はかだと思う。一切の共感ができない描き方だった。



◆『扉をたたく人』(2008年・アメリカ)は、アメリカ映画にしては地味なトーンで作られていて、しかし良い作品だった。
妻に先立たれて無気力になった中年の大学教授と、ひょんなことから出くわした中東シリアのジャンベプレーヤー(ただし不法滞在者)とが、まさに「心の扉」を開きつつ交流を深めていく。
それまで移民に寛容だったアメリカが、9.11以降はヒステリックなほどに取締りを強化したという実情が炙り出されていて、かつての移民大国の理念が根底から揺らいでいる。
緊張の面持ちで、教授が広場でのジャンベセッションに初めて加わる瞬間は、抑えた演出ながらも胸に熱いものが込み上げてくる。大国と第三世界の人々を描いているという点で、ヴェンダースやケン・ローチの作品に共通するものを感じた。



◆『マスターズ・オブ・アメリカン・ミュージック ルイ・アームストロング サッチモ』(2009年・アメリカ)は、ジャズの巨匠たちの映像を集めたシリーズのうちの一本。
黒人差別に直面しながらも、激動のアメリカにジャズの礎を築き、また音楽そのものが持つ可能性を大きく飛躍させた“サッチモ”。その強烈な個性と偉大なる功績を、様々な映像と証言で綴る内容だ。
以前に拝見したビリー・ホリデイ編はレア映像が多かった気もするが、こちらは比較的よく目 にしたことのある映像がほとんどだった。しかしもちろん内容としては申し分なく、ルイをまだ知らない方には素晴らしい入門ガイドとなるだろう。


〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜



◆ 『  ヒバクシャ 〜世界の終わりに 』  2003年 日本


出来るだけ多くの日本人に見ていただきたいドキュメンタリー作品。





序盤、

【私は世界で唯一の被爆国にいながら、被爆者と面会した体験がない】

といった語り手の言葉が、心に深く突き刺さった。



核と放射能汚染被害を追った、地道なリポート。



ヒロシマやナガサキ、チェルノブイリのみならず、

イラク戦争でアメリカが放った「劣化ウラン弾」のこと。

いまだにその残骸が及ぼしているという、現地住民たちへの体内被曝。




さらにはワシントン州のプルトニウム製造工場が原因と考えられる、

農作物への影響。

核による「利益」が誰かに与えられている以上、廃絶は実に困難だとわかる。

そして、本作を観ているうち、おのずと、

どれだけ核と放射能が地球上に蔓延しているかも、思い知るに至る。





ふと思ったが、RCサクセションの『COVERS』やタイマーズの活動などは、

この作品の制作時期と奇しくも重なっているのではないだろうか。


しかし長らく、私たちの国政や電力企業は、

そういった警鐘に耳を貸さずにいた。


そしてそれから数年後、東日本大震災による原発事故が起こる。


それでも低線量については、

「すぐには人体に影響を及ぼさないレベル」という不可解な公表。


さらには、次に何かあったら本当に日本の最期、とまで言われる中、

責任の所在も定まらぬうち、原発再稼動の動きが加速している。


この先、

最低でも十万年、

人類が付き合い続けなければならない深刻な課題が、

この映画の中に、重たくのしかかっているというのに。





◆ 『 パサジェルカ 』  1964年  ポーランド




アンジェイ・ムンク監督はアウシュヴィッツ収容所の物語を映画にするべく、

撮影を続けていた。



が、監督は突然の交通事故により、不慮の死を遂げることとなってしまい、

この作品はそのまま、未完の状態になった。







二年後、

ムンク監督に近しかったポーランドの映画人たちが、

作りかけだったこの作品に、 “敬意ある作業” を施した。



ストーリー未完のまま、

残された映像から制作意図を読み取り、一本の映画に仕上げたのだ。






重要なのは、あえて “未完のまま” にして仕上げた点。


監督の方向性はこうこうこうだった、脚本もある、関係者からも取材する、

「だから、我々でこうやって編集し、こういう結末の映画にしてみました」

ではなく、

『 未完の筋書きに決着をつける心づもりはない。

  空白や、言い残した部分の結論も、あえて求めない。

  監督と我々は同世代の人間だ。不安も考えも我々と近い。

  彼の作ろうとする真意はつかめなくとも、疑問の提示は分かる 』

という、

映画監督への最大の敬意を払った状態にしたのである。



出来上がっていた箇所(「女看守」と「女囚人」の、収容所内での日々)は、

そのまま物語として編集され、ひとつのドラマとして追うことができる。


未完の部分(その二人が戦後、客船の中で偶然再会してから)は、

静止スチールでの展開、およびナレーションがつき、

「この物語は、どういう意図、どういう主張があったのだろう」、

「事故に遭っていなければ、どんな映画になったのだろう」と、

すべてを推察の域にとどまらせ、観客と共に考察できるようにしている。





未結は、 未結のまま  ――――――――――。


そう、どれだけ資料や情報が揃っていても、

「結末」は監督本人の脳内と思念の中にのみ存在していた。


いろいろな意味で、

これぞ映画として『実に素晴らしい作品』なのではないかと思えた。








-----------------------------------------------









 
| - | - | 01:43 | category: Movie |
How Does It Feel ?
Next Live !
【歌イビト語ル】


〜半年間、月イチのワンマン〜

★8月22日(火)夜 ほか

中野 鷺ノ宮
小劇場じゃがいも村

・各日限定30名様
▼ご予約受付中▼
こちらから!



☆詳細は
公式ページ

Categories
Mobile
qrcode
【動画公開中】
無伴奏・独唱
歌イビト語ル
『人生喜劇ブラボゥ』


Search this site
Sponsored Links