● 歌イビトの記。

 
 
無伴奏・独唱の【歌イビト語ル】こと、タッシー田代が記す、徒然。

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# 映画 (6月上旬)




相も変わらず、映画が心のよりどころといった日々。


相も変わらず、そんな感じだから困ったものだ。





今月の上旬は、


どれも 「これほどまでに凄まじい映画だったのか・・・」 と、


はからずも驚愕させられた作品ばかりが続いた。






◆ 『 太陽を盗んだ男 』  1979年  日本





こんなブッ飛んだ映画が、“あの時代の日本”で作られていたとは・・・。

とてつもない内容だとは何となく知ってはいたものの、いやはや、驚いた。

公開された当時、中学生とはいえとっくに私も映画館通いを始めていたが、

あの頃もし本作を劇場で観ていたら、私の人生も今とは異質になっただろう。





中学校の、しがない理科の教師が、自宅でハンドメイドの原子爆弾を作った。


そして、日本政府を脅迫した。


最初の脅迫内容は「巨人戦のナイター中継を試合終了までやれ」という要求。


“世界の核保有国が8か国” なので、自らを 「9番」 と名乗った。





あの頃、押しも押されぬ大スターだった沢田研二が、こうした役柄を好演し、

刑事役の菅原文太(怪演!)を相手どり、とてつもない攻防を繰り広げる。


皇居への突入ロケや、高速道路でのカーチェイス、日中のデパート占拠など、

ほとんど全編がクライマックスであり、何から何まで、とにかく大胆。

「ここまでやれた日本映画があったのか」 という驚きを隠せなかった。





激しいカーチェイスのシーンにメロウなAOR曲を当て込むなど、

井上堯之の担った音楽が、映画全編に渡って素晴らしいのも特徴的。

この独特な音楽の存在が、映画の怪作ぶりを増幅させている。





すでに35年以上も前の作品だが、いま、そしてこの先の日本に提議できる内容。

放射能、被爆、反核といったテーマにとどまらず、

現代を生きる若者の屈折、「戦後」と「昭和」の残骸、世の中の腐敗など、

ありとあらゆる問題提議が、この上ないパワフルさをもって押し寄せてくる。

自分の価値観の再検証もせざるを得ない、非常に強烈な印象を残す映画だ。





◆ 『 ショック集団 』  1963年  アメリカ





これまた、とんでもない映画があったものである。





精神病院で起こった「殺人事件」の真相をあばこうと、

一人の男(新聞記者)が、わざと “精神病患者を装って”  院内にて潜伏取材する。


男は事件の究明のため、そしてその全貌を記事にするため、

周囲の精神病患者たちと付き合いながらの日々を送るが、

その中で、やがて男自身も、精神を病み始めることとなり・・・・





要するに主人公が最終的に狂人化してしまうという、

いわばミイラ取りがミイラになる物語。

だが、その題材もさることながら、朝鮮戦争で捕虜になった帰還兵やら、

原爆製造に関わった科学者やら、KKKの一員という黒人(!)など、

登場人物の設定が、とにもかくにも、危なすぎる。





サミュエル・フラーは、その異端性・過激性が際立って語られる映画監督だ。


私にとっては『東京暗黒街・竹の家』(1955)に続く二作目の拝見。

『〜竹の家』も実にインパクトの強い作品だったが、

今回の『ショック集団』に関しては、もはやその域を超えた異様さだった。


何しろ「患者たち」は、実際は俳優さんの「演技」なのにもかかわらず、

どうにもそうは見えないところが、この映画の最もたる“恐怖”であると思う。


監督の旗振りにより、作り手が一丸となって挑んだ “狂気”。

物語の中の舞台設定だけではなく、

本作に携わった関係者の全員が、いわば『ショック集団』なのかも知れない。










◆ 『 ディア・ハンター 』  1978年  アメリカ





こんなに凄まじい映画だったのか、と、正直なかり驚いた。







ハリウッドのベトナム戦争もの、ということで距離を置いていたが、

思った以上に、多くの示唆と提言が壮重に織り込まれていたのだと知る。


「映画として残る」ことに、とても深い意義を感じた。





序盤 ――――――――


田舎町での、若者たちの日々。


仕事と、酒と、冗談と罵りあい、女たち、ビリヤード、流行歌、そして鹿狩り。


盛大な結婚式の場面も含め、この田舎町のシーンにかなりの時間が費やされる。





しかしその後、 映画は一変し、


ベトナムの戦地 ――― 狂気の現場へと移行した。


まさにそれは、恐ろしき地獄。






それまでの暮らしでは想定もしていなかった恐怖に打ちのめされ、

若き兵士たちは、心の中に、一生拭いきれない「闇」を抱えてしまった。



“序盤” のシーンが長時間、丹念に丹念に作りこまれていたからこそ、

このいきなりの戦地のシークエンスに「急変の驚愕」を感じ、

戦地に出向かざるを得なかった若者たちの「戸惑い」と、リンクする。






ロシア系移民の人々が物語の背景になっていることから、

映画は、愛国心という厄介な心理素材に呑みこまれていない。


だから、アメリカ側の目線というよりは、その若者たちの目線で描かれ、

仲間との日々 → 出兵 → 帰還 を経て生じた「苦悩」が、

むしろそのままアメリカの、国としての暗部を形容しているように思える。



祖先が他国からの移民であったにもかかわらず、

こうして「アメリカの人民」として、戦争に加担せねばならかなった背景。


壮絶な状況で、あえなく死んでしまった仲間の葬儀のあと、

生き残った彼らは、「自分たちが生きている国」と「その未来」にむけて、

切ない望みをわずかに託し、もはや、歌わずにはいられなかった。


God Bless America ――――― アメリカに、主の祝福あれ。










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