● 歌イビトの記。

 
 
無伴奏・独唱の【歌イビト語ル】こと、タッシー田代が記す、徒然。

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# ゴジラ上陸(後編)

 

 


(前編からの続き)

 

 



▼ゴジラの脅威が教えてくれること
 


『シン・ゴジラ』は7月の下旬に公開され、

早くもクチコミでの高評価が一気に飛び交い、8月に入った。


そして奇しくも、映画の評判が加熱するタイミングが、71年前の、

広島・長崎の原爆投下の時期に、偶然なのか、重なった。


ご存知の通り、

大怪獣ゴジラの体内に内包されているのは、「放射能」だ。


原爆や、原発や、核ミサイルが、

そのまま巨大になって歩き回り、街を破壊しまくっているようなもの。



本当に、考えただけでも恐ろしい。



だから、このたびの『シン・ゴジラ』の盛況は、

原子爆弾および核兵器の脅威について、

皆が色々と考えを巡らせるためのいい機会なのでは、と思っている。


映画を観た多くの方々が「凄い怪獣映画を観たよーん」だけでなく、

遠からず共通した、過去の出来事にも目を向けてくれたら、と思う。




<第五福竜丸>


第1作目のゴジラは、

「水爆実験の衝撃により長い眠りから覚めて、

ビキニ環礁の海底から姿を現した太古の怪獣」・・・という設定。


実は、

第1作目ゴジラが制作される約半年前、その太平洋のビキニ環礁で、

実際に、アメリカによる水爆実験が行われていた。


当時(水爆実験の当日)、

たまたま周辺海域を操業していた日本(静岡県)のマグロ漁船

「第五福竜丸」が、その水爆実験で発生した「死の灰」を浴び、

乗っていた23名全員が被爆するという事件が起きた。


そして、

帰港後に乗組員の一人が放射能汚染で亡くなる事態に及んだ。


要するに、第1作目ゴジラは、

この第五福竜丸事件を発端/背景にして制作されており、

いわば反核映画としての側面も持っている。


大怪獣ゴジラは、

「世界唯一の被爆国を襲う、核の落とし子」であり、

「人類が生み出した恐怖の象徴」として描かれた、というわけだ。



私がこのことをブログに書くのは、2008年以来、

8年ぶりのことだ。本当は毎年、書きたい話題ではある。


  ⇒ 2008.08.30 「その魂は夜空のいずこへ。」(旧ブログ)
    
http://tassee.jugem.jp/?day=20080830



当時の上記コラムをお読みになった方はご承知だと思うが、
(もちろん呼んでない方でもご存知の方はいるだろうが)

『第五福竜丸』という船は、今も現存していて、

新木場・夢の島に、永久保存されている。


   


前述のコラムには、実際に展示場に出向いた時のことを書いているが、

ぜひ、『シン・ゴジラ』に感銘を受けた方は、足を運び、

何かを感じて、何かを考えて、何かを想像して頂きたい。


なぜなら「ゴジラ」と「原水爆被害」とは、

切り離すことの出来ない、地続きの関係なのだから。




<新藤兼人の反核映画>


「日本を巻き込んだ第三の原子力災害」=第五福竜丸事件は、

その同年に映画『ゴジラ』を誕生させる発端となり、

そしてさらに5年後に、『第五福竜丸』というタイトルで、

新藤兼人の監督により、映画になっている。


   


『第五福竜丸』で、被爆した後に39歳で死亡した乗組員、

久保山愛吉さんを演じたのは、宇野重吉(寺尾聰の父)。


宇野重吉は、新藤兼人の監督作品によく出演していた俳優だが、

『第五福竜丸』よりも前に作られた新藤作品、

『原爆の子』にも出ていた(主演は乙羽信子)。


  
  


『原爆の子』は、1952年(ゴジラよりも2年前)の作品で、

“戦後初めて原爆を直接取り上げた映画”として知られている。

世界においても反核映画の第一号とされていて、

軍の検閲や没収を免れた、まさに奇跡的な映画。



広島出身/戦争体験者でもあった新藤兼人が、

想念と信念を込め、作り上げた、もの凄い一本だ。



やはり『第五福竜丸』と『原爆の子』といった新藤作品も、

この夏『シン・ゴジラ』を鑑賞した方々に、観て頂けたらなぁと思う。




<「新藤兼人が遺したもの」と「青い空は」>


ここからは私的な余談にもなってしまうが、

つい数週間前、恥ずかしながら誕生日を迎えたという私に、

心を許せる友人のザンパノさんが、なんと、

新藤兼人に関連した書籍をプレゼントしてくださった。


  


日本のインディペンデント映画の先駆者。

師事していた名監督・溝口健二の背中を常に追いかけつつ、

享年100歳で亡くなられるまで、生涯、映画にこだわり続けた男。



戦争と、出兵と、広島と、映画。

怒りと、悲しみと、苦悶と、映画。



ここ数日間は、時間さえあればこの書籍に夢中になっていて、

電車の中で読んでは涙し、寝る前に読んでは感動に浸っている。


ザンパノさん、いい本を贈ってくださって、本当に有り難う御座居ました。



ゴジラ映画の新作に震え、新藤兼人の本に震え、

今年の私の夏は、これまで以上に、

原爆・核兵器に考えを巡らせる夏となっている。



去る7月9日のこと、

私は、「ピース・フェスティバル」という平和祈念イベントに出演し、

そこで、『青い空は』という曲を歌う機会があった。


知らない歌だったが、

イベントのラストに出演者全員でシングアウトする、というもので、

事前の合同リハーサルが本番直前に行われ、すぐに覚えることができた。


その『青い空は』という曲は、

1971年の「原水爆禁止世界大会」の開催に際し、原水爆禁止の歌を公募し、

第1位に入選した歌、だそうだ。


    青い空は 青いままで

    子どもらに伝えたい

    燃える八月の朝

    影まで燃え尽きた

    父の、母の、兄弟たちの

    命の重みを 肩に背負って

    胸に抱いて



私はこれを覚えて帰って、先日、

自分のラジオ番組で、無伴奏の生歌をした。


 ⇒音源掲載ページ
  
http://tassee-radio.jugem.jp/?day=20160805




放送の翌日は8/6、広島の原爆の日でもあり、

これをこの時に歌うことこそが、

今の私の出来る「平和への音楽活動」だ、と思った。



この日、番組を手伝ってくれた花岡里奈は、

小学生の頃に『青い空は』を習って、歌ったことがあるという。

大人になった今、突然に私が放送で歌い始めたものだから、

様々な想いがこみ上げて来たという。



庵野秀明が、先人の志を継ぎ、恩返しをしたように、

新藤兼人が、戦没者の魂に畏敬の念を抱き続けたように、

私も、音楽への恩返しの一環として、平和を祈念し、訴え続けたい。




今年も、もうすぐ、終戦記念日が近づいてきている。






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