● 歌イビトの記。

 
 
無伴奏・独唱の【歌イビト語ル】こと、タッシー田代が記す、徒然。

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# 背骨を圧迫骨折した。


4月3日の日曜日は雨だったが、
仕事があったので朝から外出。

持病の痛風の発作が久々に出てしまっていたため、
雨の日用のブーツは足に重たく、履くのも難儀。
仕方なく、軽めのスニーカーで出発。

地元の駅の、エスカレーターを上がって、
改札口に向かって歩き出したその時、
濡れていた足元を取られ、
かなりの勢いで転倒、
たぶん一瞬、宙に浮き、
腰、いや背中から、
私の身体は叩きつけられるように、落ちた。

過去に感じたことのない、とてつもない激痛。

・・・起き上がれない。

あまりの痛さに、大声を出す。

ものすごい痛みだった。何度も叫び声が出た。

・・・しかし、起き上がれない。

周囲の人々は、特に見向きもしていなかった。

しびれる背中、
思うように出来ない呼吸、
変な汗、そして、
マズイことになったかも知れないという予感。

駅構内の、冷たい石タイルの床面。

乗ろうと思っていた電車の出てゆく音がする。

自分はうずくまったまま、痛みに喘いでいる。

起き上がれない50歳近くの男の図体の横を、
あとからあとから、人がどんどん過ぎてゆくので、
とにかく邪魔にならぬよう、
数メートル先の切符売り場の脇まで、這って移動した。

そこで数分間、
痛みの治まりと、呼吸の落ち着きを、じっと待つ。

数分すると、どうにかこうにか起き上がれて、
ビニ傘を杖がわりに、ゆっくり歩くことができた。

(なんとか、行かなくちゃ・・・)

約束は約束。
行けるところまで、ひとまず努力し、
どうしても無理なら、戻ろうと決める。

ふらふら朦朧としながら、電車に乗った。
都内の電車移動中の記憶はほとんどない。
1時間半後、私は行き先の場所に着いていた。

そして、そこで頂いた仕事をはじめる。が、
しかし数時間が限界で、痛みに耐えきれず、
再び1時間半かけて、帰宅することになった。

近所の病院は日曜日のため、どこも休み。
やむを得ず、市販の痛み止めを飲んで、寝る。

深夜、寝ている状態から起きようとするも、
腰から足が痛くて、なかなか立ち上がれず、
トイレに行くまで30分もかかった。

眠れたのかどうなのかもわからぬまま、
痛みに呻きながらの翌日をむかえ、病院へ。

レントゲンの結果、
背骨のうちのひとつが、少しつぶれていると判明、
『胸椎T12番の圧迫骨折』との診断結果だった。

もうちょっと程度が悪ければ寝たきり入院・・・。
安静にし、外出は避けるようにと告げられた。

いくら「マズイことになった予感」がしたとはいえ、
背筋の肉離れや腰骨の打撲くらいにしか想像しておらず、
4〜5日すれば回復してゆくんだろうと考えていたが、
自分の想定なんて何もアテにならないもので、
まさか骨がこんな感じに・・・とは、思ってもなかった。

結局、上半身をギプスでグルグルガチガチに巻き、
背骨と骨盤を強制的に固定することになる。

病院から借りたステッキをつきながらも、
歩くのも寝るのも、いくらか少し楽になった。

ギプスが外れて専用のコルセットが出来上がるまで、
だいたい2〜3週間かかるとのことで、
生活が不自由なのは大変だけれども、仕方ない。

4/4月曜のBBS更新の頃は、まだ痛みが厳しく、
ウーウー言いながら文字入力していた(笑)が、
翌日以降から徐々に徐々に楽になり、
まずは金曜日のラジオに向け、
とにかく寝たきりの安静に努めた。

ラジオの出演については、
医師および周囲から、かなり反対を受けた。

確かに自分でも、
2時間かけて鴻巣に移動し、
2時間の準備と4時間の生放送本番、
そしてまた2時間かけての帰宅が、
果たしてこの身体の状態で可能なのか、
まったく予測を立てられなかった。

ただ、「数日前から休みを決める」なんて選択は、
己の心境には皆無だった。

思い出すのは二年前、
インフルエンザで番組を休んだ時の記憶。
そう、あれも第二金曜日(笑)。

あの時に感じた悔しさ、落胆、無念さ。
あれを再び味わいたくはなかったし、
何しろ今回は伝染病ではないのだから。

ひとまず、ラジオ以外のことは考えず、
その他の予定については全て断念。

火曜、水曜、木曜の三日間は静養に徹し、
一回分の放送をこなすだけの兆しも見えてきたため、
金曜日の朝、最終的に、出演を決行することにした。


▼4月8日放送のトワ金ダイジェスト音源
  
http://tassee-radio.jugem.jp/


(何度も言いますが、ギプスは本物でも表情は演技ですw)


胸と背中をギプスで挟んで押さえつけているため、
どうしても声が薄っぺらくなってしまった。

大きな声を出そうとすると背中に響くため、
残念ながら当分の間(6月の札幌公演までは)、
エンディングの生歌は休止することに。

守友くん、そして局のスタッフの皆さんには、
かなりのお手間をかける状況になってしまい、
申し訳ないばかり。

それと、どうしても拝見したかった、
森うたうさん主宰「水の輪」の公演も、
(ラジオにご出演下さったというのに)
出向くことが叶わず、申し訳ない限りとなった。


 〜 ・ 〜  ・ 〜  ・ 〜


私の知人は、かつてスノボでの転倒で、
背骨の6番と7番を圧迫骨折+手首も骨折で、
一ヶ月間は強制的に寝たきりだったという。

そして守友くんに至っては、十代の頃のバイク事故で、
7番・8番・9番が、強度の圧迫骨折となり、
三ヶ月以上は寝たきり入院だったとのことだ。

そういった方々に比べれば、
まだまだ私の怪我など軽いものであり、
何よりも「頭から落下しなかった」ことや、
「半身不随に至らなかった」だけでも、
この上ない幸運であったように思う。

この程度の事態で済んだこと、そして、
ライブのブッキングをあえて入れない時期だったことは、
非常に偶然的な流れの中にあるような気がするが、
きっと、私のこの人生においての、
「何かしらの意味をもたらす出来事」なのだろう。

今は、この療養期間と、その中でのラジオ放送を、
しっかり見据えつつ、粛々とこなそうと思っている。


今回、このようなことになり、恐縮ながら、
番組リスナーの皆さんや音楽/舞台関連の方々をはじめ、
多くの方から御見舞のメッセージを頂戴した。

心配おかけし、本当に申し訳ありません。

皆さんのお声が、今の自分の、何よりの励みです。

少しずつ快方には向かっております。

不躾ながら、どうか今後とも、
何とぞ宜しくお願い申し上げます。




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| - | - | 21:16 | category: Private |
# 日記帳
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以前にも話題にしたことがあったかと思うが、


私はこの個人ブログやツイッターとはまた別に、


『 手で書き残す日記 』 というものをつけている。




この日記帳、

1ページに 『 5年分 』 を書き残せるようになっていて、

全ページを書き終えるまで、当然ながら5年間がかかる。



例えば、 今日は11月18日だが、

このページだと、 上から四行ずつ、

  2011年の11月18日(金)
  2012年の11月18日(日)
  2013年の11月18日(月)
  2014年の11月18日(火)

そして一番下の段が、まさに本日、

  2015年の11月18日(水)

になっている、というわけだ。



たまたま購入した年が2011年で、

言うまでもなく、東日本大震災の年。

そしてまたその年は、歌イビト語ルを創案した年でもあった。



こうして見渡してみると、どの年も、

1ページ、1ページが、かなり激動だ。



内容としては、公式のブログなどでは書けない、

いわゆるプライベート的な話題が多いが、基本の流れとして、

ラジオ→飲み会→音源アップ→リハ→観劇→飲み会→BBS

→ライブ→飲み会→サイト更新→飲み会→映画 ・・・・

みたいなサイクルになっている(笑)



中には、あまりの多忙さだったのか、

乱暴に 「忙しい!」 とだけ書き殴ってある日記とか、

「○○さんから×××とか言われて超ムカついた」 など、

ちょっと荒れ気味なご様子のタカシちゃんも散見されるダハハ〜



そして今年、遂に最下段の2015年に差し掛かり、

いよいよこの日記帳が、あと1ヶ月ちょいで完成に至る。


名古屋ツアーの頃は激忙だったので、30日くらい溜まってしまっていたが、

やっと先日、スマホに控えておいたものを書き写し、ようやく追いついた。






まだ何も書かれていなかった、新品のキレイな装丁の頃を思うと、

「ここに今、こういう内容が書かれることになるとはなぁ・・・」 という、

一種特殊な感慨深さも込み上げてくるものだ。


5年間の自分の混迷と葛藤、うごめきとともに日記帳もボロボロになり、

そんな己を俯瞰で見つめなおすことができる一冊になった。




さぁ、 そして、 もちろん次の、

2016年からの新たなる5年間日記も、

そろそろ購入しに行かねばならない。



これから先も、 己を精進させるための糧として、

この日記帳への書き残しは大事に継続し、

たった1回こっきりの、 この限りある人生、

1ページ、 1ページ、 要するに1日、 1日を、

大切に、 一生懸命に、 生きていこうと思う。







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【次回の歌イビト語ル】

■11月23日(月祝)  昼のイベントです!

  新宿 歌舞伎町 GOLDEN-EGG

  http://www.g-egg.info/top.html

  鈴木Johnny隆 プレゼンツ ★RED HOT LIVE ! Vol.2★

  open/12:30 start/13:00
  チャージ¥1,000+1drink¥500

  <出演順>
   [1] 歌イビト語ル
   [2] Kahului
   [3] Bloom Dusters
   [4] 鈴木"Johnny"隆 バンド







 
| - | - | 00:09 | category: Private |
# トワ金ズ、横須賀へ。


80歳を過ぎた私の母は、


いまだに横須賀の山の上で、独り、細々と暮らしているが、


しかしいよいよ年齢的にも、


どこかの介護住宅への移住なども視野に入れねばならない時期となった。



ということは、


いずれ近いうちに、 私の愛する故郷、 横須賀の実家も引き払われ、


生まれてからずっと親しみ続けたこの街とも、その日がきたら、おさらばとなる。




それを考えていたら、


これまで長年、公私にわたりずっと付き合ってくれている親友たちに、


どうしても今のうちに、横須賀の街を見せたい、という衝動にかられた。






あれこれとやかく書いていたら、


更新できぬまま、どんどん日々が経過してしまう気がするので、


もはやここはつべこべ言わず、たくさんの素晴らしい写真で振り返ろうと思う。




以下は、去る6月20日、


私がトワ金ズと、親友のザンパノ氏を連れ、


横須賀への小旅行をしたときの、思い出の写真だ。


ほとんどザンパノ氏と守友くんが撮影してくれた。





前日はトワ金・第三金曜の放送があり、


しかし朝6時に起きて、品川駅での集合は午前9時。















まずは、

東京湾に浮かぶ唯一の無人島 「猿島」 に、フェリーでむかう。


ガキの頃は怪しい島という存在だったが、ここ数年で完全に観光地化した。


ちなみにノスケくんは、「船に乗るのが生まれて初めて」だったそうだw





散策はなかなか楽しいが、

戦前〜戦後の、「軍港時代の横須賀」の跡が残る、貴重な島でもある。















このへんは、

初代仮面ライダーで、ショッカーのアジトのロケ地だったらしいw

10年くらい前までは、展望台としてのぼっていた記憶がある。

さすがに何もかも老朽化しているように思えた。






島の頂上で、まだ午前中だったが、カンパイすることにしたw


ちなみにこの下の1枚だけは、神近まりちゃんによる撮影www




もうすっかり野外で宴会気分だったw







うっそうとした島の中を巡り歩いたあと、


島の反対側に出るといきなり、海原の絶景。


この海の広さと、青さと、風が、とてもとても、気持ちよかった。








遠くに立つのは、ノスケくん。


ここからしばし、ノスケ激写シリーズに突入(笑)








数日前の予報では雨だったが、

そこは心配ご無用、

今回もやはり、オレとまりちゃんで太陽をもぎ取った。






横須賀市街に戻り、

米軍基地を横目に、

かつての下士官集会所(EMクラブ)の跡地にも立ち寄る。





現在はこのとおり、プリンスホテルと「よこすか芸術劇場」となっているが、

1990年(約25年前)に私が撮った、当時のEMクラブがこれだ。


      


本当にいろいろと、 様変わりしたんだと、 実感する。






そして、みんなをついに、山の上にある私の実家にお招きし、

カボチャの煮物など、母の手料理でおもてなしさせていただいた。

死んだ親父も、きっと喜んでくれていると思う。





母は、70歳を過ぎたころに、突如としてピアノを習い始め、周囲を驚かせた。

ピアノ教室の子供たちにまじって発表会に出て、あのときは会場もどよめいていた。

いま、教室で習っている曲は「枯葉」で、

この日は皆を前にして、たどたどしくも披露してくれた。

ザンパノ氏も「ひまわり」の演奏を聴かせてくれて、

それに続いて、神近まりちゃんがピアノを弾き、私がブルースを歌った。


私はこのとき、泣き出しそうなほど、幸せに包まれていたと思う。






実家を後にし、

ドブイタ通りを練り歩く。






そして、小旅行のしめくくりは、地元の居酒屋での刺身料理。






くたくたに疲れたが、くたくたに楽しい一日だった。


思わず感傷的になりそうではあったが、そんな想いも含めて、


私は一生、この日を忘れないだろう。




激多忙の中、スケジュールを調整して来てくれた仲間たちに、


心から感謝したい。





ありがとうみんな、


ありがとう横須賀。







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| - | - | 01:04 | category: Private |
# 一軒のボロ家(その四年後)
 
 
 
故郷ヨコスカに帰省。


基地の港にほど近い、小高い山の斜面に建つ、

今にも崖から落ちそうな、小さな小さな、一軒のボロ家。


住み人のいない、この廃屋が、

かつて 「私の生まれた家」 だと、ブログに書いたのは、

もう四年も前、2011年2月のこと。





背後で始まったマンション建設工事にあわせ、いよいよ取り壊しだろうと、

そのお別れのつもりで書いた当時のブログは こちら。


そして、 現在はどうなっているか、 というと ・・・・・





まだ少しだけ残っている(笑)



マンションの建設工事は、とっくに終わった。

ボロ家は、立ち入り禁止の状態で、4分の1くらいが残っている。



数年かけて徐々に徐々に取り壊されているようだが、

一気に片付けないのはなぜなのだろう。

家のある状態と、何も無いサラ地の状態では、

土地にかかる税金もだいぶ異なるらしいから、その対策なのだろうか。





すべて取り壊されるのは、まだ先になりそうではあるが、

いずれにしても、これはこれで、すごく奇妙な佇まいである。


「私の生まれた家」の現在は、 そんな感じだ(笑)








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| - | - | 03:29 | category: Private |
How Does It Feel ?
Next Live !
【歌イビト語ル】


●トワ金1000回記念ライブ
 歌イビト語ル/真之輔/
 神近まり/フライフラワーズ
 →2019年12月7日(土)
  ※昼13時〜
  ※限定30名様
▼ご予約受付中▼
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